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HALL OF FAME REVIEW

VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)

世界を救わないサイバーパンク。カウンター越しの会話だけで、グリッチシティが忘れられなくなる


VA-11 Hall-A(ヴァルハラ) のパッケージ
Orege 90
METASCORE
77
IGN
発売日
2016年6月21日(火)
ジャンル
アドベンチャー
対応機種
PC / Nintendo Switch / PlayStation 4 / PlayStation Vita

『VA-11 Hall-A』には、世界を救う任務も、巨大企業を倒す作戦もない。プレイヤーはバーの内側に立ち、客の注文を聞いて酒を作る。外では事件が起きているが、ジルが翌月の家賃を払えなければ生活は続かない。この小さな視点を最後まで守ったことが、本作をよくあるサイバーパンクから遠ざけた。Oregeが90点を付けるのは、派手な未来都市ではなく、そこで一日働く人の時間をゲームにしたからだ。舞台は西暦207X年のグリッチシティ。腐敗した政府と大企業が力を持つ街で、VA-11 Hall-A、通称ヴァルハラは人々が立ち寄る小さなバーとして営業している。主人公のジルはここで働くバーテンダーだ。毎日出勤し、注文を受け、カクテルを提供して生活費を稼ぐ。公式紹介にもある通り、注文から外れた酒を出し続ければ仕事を失う可能性があり、家賃や電気代も払えなくなる。操作の中心はカクテル作りで、材料をレシピに合わせて投入し、混ぜるかブレンドするかを決める。複雑なアクションではない。だからこそ、客が何を頼んだか、何を本当に欲しがっているかに注意が向く。「甘いもの」「強いもの」のような曖昧な注文もあれば、いつもの一杯を期待する常連もいる。言われた通りに作ることも、あえて別の酒を出すこともできる。その一杯が一般的な選択肢の代わりになる。画面に「話を聞く」「断る」といったボタンが並ばないのがいい。ジルは仕事中で、会話の主導権をいつも持てるわけではない。客が話すのを聞き、手を動かし、出した飲み物によって相手の酔い方や話題が変わる。プレイヤーは会話へ直接割り込まず、サービスの内容で距離を調整する。バーテンダーという役割と分岐の仕組みが一致している。カクテル作り自体は、慣れれば難しくない。長時間悩むパズルではなく、会話の間に手を動かすリズムを作る仕事だ。注文を確認し、材料を選び、グラスを出す。その短い作業があることで、文章を読み続けるだけの時間に区切りが生まれる。客の言葉を聞き流していると注文を間違えるため、テキストを読む理由もゲーム内に残る。

VA-11 Hall-Aのゲーム画面。左に客と会話、右にカクテルの材料とMixボタンが並ぶ。
会話とカクテル作りを同じ画面に置いた構成。会話の返答を選ぶボタンではなく、右側の材料とMix操作が客への応答になる。画面引用 / 出典: Sukeban Games 公式presskit(PC版・英語画面) / © Sukeban Games

バーへ来るのは、ハッカー、報道関係者、義肢を持つ人、アンドロイド、犬など、同じ街に住みながら立場の違う客たちだ。彼らは世界設定を説明するための案内役ではなく、その日の愚痴や仕事の話をする。企業の支配、治安部隊、人工生命をめぐる問題は、講義のように整理されない。誰かにとっては恐怖で、別の誰かにとっては給料を得る仕事であり、ニュースの話題でもある。食い違う話を聞くうちに、街の輪郭ができていく。この方法なら、設定を知らないプレイヤーも置いていかれにくい。固有名詞が出ても、すべて覚える必要はない。目の前の客が何に怒り、何を隠し、どんな冗談を言うかを追えば会話は読める。あとから別の客の話とつながり、さっき聞いた事件の見え方が変わる。世界観は資料集ではなく、同じカウンターへ座った人たちの偏った証言から組み上がる。ジルが無色の聞き役ではない点も大切だ。彼女には好みがあり、機嫌があり、過去がある。客へ返す言葉はいつも親切ではなく、仕事として受け流すこともある。プレイヤーが好きな返答を選べないぶん、ジル自身の人物像が薄まらない。アバターとして自由に振る舞うゲームではなく、彼女の生活を一時的に預かるゲームだ。勤務が終わると自宅へ戻り、ニュースを読んだり、買い物をしたりして過ごす。欲しい物を買えばジルの気分に影響し、仕事中の集中にも関わる。家賃の支払いと趣味の買い物が同じ財布から出るため、物語の外に見える選択にも生活感がある。ディストピアの制度を変える力はなくても、今月をどう乗り切るかはプレイヤーの手に残される。この自宅パートがあるから、バーでのジルも仕事中の顔だと分かる。カウンターでは落ち着いて見える人が、部屋ではニュースに反応し、昔のことを考え、誰かを迎える準備をする。店のオーナーであるデイナとのやり取りにも、上司と部下だけではない距離が見える。ベランダで二人がビールを飲む場面は、その距離を大げさな告白にせず見せる。本作のよさがよく出た一幕だ。

文章には下品な冗談もあれば、仕事や身体、恋愛についての率直な話もある。すべての会話が美しくまとまるわけではない。客が酔って同じことを繰り返したり、話題が横道へそれたりする。きれいに編集しすぎないことで、バーに長居している感じが出る。ただし、性的な話題や強い言葉が苦手な人には合わない。この温度を消してまで万人向けにする作品でもない。日本語版で遊ぶ場合、会話の量と調子を支えるローカライズの存在も大きい。サイバーパンク用語を難しく見せるより、客同士の冗談やジルの返しが読めることが優先されている。原文の文化的な距離を完全になくすのではなく、会話の速度を保つ。テキストが中心のゲームでは、一文の意味だけでなく、次を読みたくなる呼吸が重要だ。ドット絵は、情報量を抑えるための安価な代替ではない。人物の表情や姿勢を必要なところだけ動かし、ネオンの色と暗い店内で視線を会話へ集める。1980年代から1990年代のPCゲームを思わせる画面構成と、未来の都市が同居している。古いインターフェースの記憶を借りながら、描いている問題は現在に近い。この時間のずれが、グリッチシティを特定の年代へ固定しない。音楽は店の空気を決める。勤務前にジュークボックスへ曲を選び、その日のプレイリストを作れる。客ごとに専用曲を割り当てて感情を指示するのではなく、プレイヤーが選んだ音が会話の背景になる。同じ場面でも曲順によって印象が変わる。自分が店を開ける準備をしている感覚を、短い選曲で作っている。本作の分岐は、巨大な物語の枝を見せるタイプではない。誰にどの酒を出したか、仕事をきちんと続けられたかが、客との関係やジルの行く先へ静かに影響する。すべての違いを一周で把握するのは難しいが、攻略表に沿って正解を回収するより、注文をどう受け取ったかを残すほうが似合う。間違った酒も、その夜の記憶になる。

欠点を挙げるなら、カクテル作りは後半になるほど反復に感じる。会話に強く惹かれない日は、材料を選ぶ手順が作業へ寄る。大きな目的地を示す物語でもないため、次の事件を早く見たい人には進みが遅い。ゲーム側から積極的に盛り上げてくれる作品ではなく、客の話に耳を傾ける姿勢を求める。それでも、後発の会話ゲームを遊ぶと本作を思い出すことがある。飲み物を作り、カウンター越しに客の人生へ触れる形式は、それだけ扱いやすく、魅力のある枠組みだった。ただし『VA-11 Hall-A』の価値は形式の早さだけではない。ジル自身の生活、給料、家賃、過去が、店で交わされる会話と同じ重さで描かれている。聞き役にも一日がある。Oregeでこの作品を勧めたいのは、物語を選択肢の数ではなく、登場人物と過ごした時間で覚える人だ。派手な展開を待つより、常連の注文を覚え、前に聞いた話の続きを気にできる人に向いている。グリッチシティを観光することはできない。けれど毎晩同じ場所に立つうちに、外の街まで知っているような気分になる。閉店後、強く残るのは世界を変えた達成感ではない。あの客は次に何を頼むのか、ジルは来月もこの部屋で暮らせるのか、デイナはまた無茶をしていないか。そんな小さな心配が残る。ディストピアを背景ではなく生活にまで下ろし、カクテル一杯の距離から人を見る。その狭さを選び切ったから、ヴァルハラのカウンターは忘れにくい。